Writing
Rope Meditations
There is only one task worth a life:
making a word,
translating a gate.
Writing is where the practice is turned over slowly enough to listen to what remains after the session, the performance, or the encounter has passed.
This page gathers texts, notes, and traces of thought from an ongoing inquiry into rope, attention, language, and form. Each entry is drawn from the English Substack archive and the Japanese Note archive.
Texts
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A farewell
A mere description of something that happened, and some reflection on what it means to perform.
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Until the World Explodes: How does Rope Meditation feel? (part I)
A conversation about trust, touch, and the strange intimacy of being guided. A session that became a pen pal friendship.
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Nails and resin
The connection between fire and trees, the short story behind the new Musubi flyer
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The peak is the beginning
On meaning, illness, caves like bodies, cold water, and the texture that remains.
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Musubi vol. 3
How can rope return to the body as something older, wider, and tender.
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Tying Sayako Shiratori - Playing with Fire
On idols, musubi, fire, flying snakes... and the forces we can touch but never own
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The Flower Does Not Summarize the Tree
What sakura can teach us about Shibari, peak experiences, and the slow beauty of integration.
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Would you jump into the ocean?
A reflection on dissolution and the language we use to cross a threshold.
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Why I don't speak of Surrender
On trust, connection, and the stories that hold us back
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We released the MUSUBI Manifesto in Harukaze
Exploring how rope traditions can return to the body in contemporary life
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You Are Being Treated to a Rope Meditation
A guest story of rope, curiosity, and rediscovering Japan
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The three seeds of the snake
On names, practice, and discovery
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Rope and purification
A short note and a poem on the concept of purification in ropes
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Ropes and tears
Why do we cry in the ropes?
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Interview for MA magazine
The following is an English translation of an interview I did for MA Magazine, a Latin American publication dedicated to Asian studies.
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Visit to the Taima museum
Where does the power of the ropes come from?
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Shibari and the concept of listening
Some ideas on the transformative power of Shibari
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Three dimensions of Shibari
How to improve your own Shibari practice
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The road to Unbound (1/4)
How we started making Shibari and Techno parties
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Shibari at the Chaos Communication Camp
Tying with intention, the square-knot, and how to improvise with ropes
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世界が爆発するまで: ロープメディテーションはどんな感じがするのか 前編
サラさんと出会ったのは、数か月前のことだった。 彼女は強い好奇心に満ちていた。それは頭だけの問いではなく、身体の問いでもあり、その問いはセッションの中でも、その後も続いていった。 私はよく、セッションに来てくれた人に感想を聞く。ときには、その体験について文章を書いてくれる人もいる。でもサラさんの場合は、感想だけではなく、たくさんの質問があった。セッションの後の数週間、私たちは共有のGoogleドキュメントの中で、互いに文章を書き合うようになった。文通のようだった。書くことと、縄で触れることには、どこか似たところがあるのかもしれない。どちらも、人と人が不思議なほど深く出会うことを可能にする。 これは、その対話の第一部です。私たちは、それぞれがどのように縄と出会ったのか、そしてあの日の記憶について話している。その記憶のいくつかは、すでに意識の中から薄れてしまった。それでも、どこか別の場所に残り続けているように感じるものもある。 パブロ: そもそも、どうしてShibariに興味を持ったの? 続きをみる
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ピークは始まりである
今週も、インテグレーションについて考え続けている。 もう少し水から離れていようと思っていた。水と祓いについて書きたい文章がある。ずっと先延ばしにしている文章だ。水と祓い、水と藍、藍と愛。これは書くのが難しくて、もう何ヶ月も考えている。 続きをみる
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火遊びをする子ども
自分のアイドルを縛る機会なんて、そうそうあるものではない。 続きをみる
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花は木を要約しない
毎年、春になると、世界は淡いピンクに染まる。 数日のあいだ、みんなの注意が桜の木に集まる。公園も、川沿いも、いつもの道も、その季節だけの小さな寺のようになる。人々はこの植物の美しさを祝い、ある意味では、生きていることそのものの美しさを祝っている。 続きをみる
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海に飛び込むなら
前回の記事では、 なぜ私が「降伏」という言葉にしっくりこないのかについて書きました 。今回は、その中で出てきたひとつのイメージ、海について、もう少し考えてみたいと思います。 私たちは日々、言葉を使っています。 続きをみる
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なぜ私は「降伏」と言わないのか
私はずっと、「降伏」という言い方にしっくりきませんでした。 言いたいことは、わかる気がします。自分を超えてくるような強い体験。闘わなくていいこと。演じなくていいこと。ずっと自分を支え続けなくていいこと。その魅力はわかります。 続きをみる
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[詩] 触れること
触れるための世界がある 川のように息づき、生きている、 あなたに触れてくる世界がある。 重さ。 肌理。 やわらかな震え。 命のぬくもり。 手のように目をひらき、 手のように心をひらき、 手をひらく。 世界は 触れること。 エリオットとセッション 続きをみる
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春風で、MUSUBIのマニフェストを発表しました。
現代の暮らしの中で、ロープの伝統がどのように身体に戻ってくるのかを探る。 続きをみる
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ロープ瞑想でもてなされる
彼女は東京に「驚き」を期待して来ました。 けれど、3日が過ぎたころ、何も感じていませんでした。 続きをみる
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縄と祓う
祓という概念は、私が縛りを始めてからずっと悩んできたものです。 最初から、縄を罰として考えることには共感できませんでした。だから最初は、私の縛りは祓とは関係ないと思っていました。縛られる人は祓われるような悪いことをしているわけではないからです。でも、まだ何かがあると感じていました。 その後、祓とは自分自身のことなのかもしれないと考えました。これは意味があるように思えました。なぜなら、縛りが行われている場面を見ていると、縛られる人が目的ではなく道具のように扱われていると感じることが多かったからです。縛られている人が罪人ではなく、罪人は私なのかもしれない。あるいは祓とは罪を防ぐことなのかもしれない。けれど時間がたつと、それは違うと分かりました。そこには暗いものはありませんでした。それでも祓という考えは、私に問いかけ続けてきました。 続きをみる
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縄と涙
この間、友だちと話しました。 オンラインで知り合ったので、スタジオに来て初めて。 話題は縛りでした。 彼女は「なぜセッションで泣く人がいるの?」と聞きました。 私には、それは普通のことだと思いました。 話しながら、この思い出をふっと思い出して、シェアしました。 続きをみる
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光と影の音
レイが言った。 光と影は、私たちの中にある。 私は鏡のように、世界へ流れこみたい。 虚空に、ちりん。 戻らない響き。 続きをみる
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はじめまして。
はじめまして。 パブロと申します。ちょっと unusual なストーリーなので、自己紹介をさせていただきます。 8年前にスペインから日本に来ました。もともとはエンジニアだったのですが、日本に来てから縄の世界に出会いました。最初は自分でも何をしているのかよく分からなかったのですが、少しずつ縄の力を感じて、深めてきました。 4年前に表参道で小さなスタジオをオープンしました。海外では「縛り」というアート/プラクティスがどんどん人気になっていて、外国からのお客様はよく来てくださいます。でも、日本では「ロープセラピー」と聞くと、まだまだ「ちょっと変?」と思われることが多いのが現状で、少し残念に思っています。 縄には強い瞑想的な力があり、心と体を自然につなぎやすいです。セッションは一度でも大きな効果を感じられると思います。 正直、日本語はまだあまり上手ではないので、日本語でブログを書くのはとても勇気がいります。でも、それでも縄の力を少しでも多くの人に伝えたいと思っています。 ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。 写真:表参道のスタジオにて。妻の愛と一緒に。写真は友人のマックスさんが撮ってくれました。 続きをみる